わたしたちが住むこの世界は、生々流転するすべての存在が、
それぞれに独自の"音楽"を奏でながら、互いに響き合っています。
その「響き」は、宇宙でビックバンが突如起こり、
奇跡の重なりから生まれた地球の誕生からずっと変わることなく、
美しいハーモニーを生み出しライブ演奏されている壮大なシンフォニーなのです。
わたしたち人類が自分たちだけの利便を考えた末、内なる音も、
あらゆる生命の音の響きを聞く耳を閉じてしまったことによって生じる不協和音は、
地球を傷つけ、取り返しのつかない危機を迎えています。
この映画で龍村仁監督は、「音を観て、光を聴く」ことを表現しようとされました。
雲龍は、この映画において、宇宙、そして地球から受け取る「響き」を
体現する役割として登場します。
リーフレットより 龍村仁監督の雲龍への言葉
「雲龍が求めているものは、たぶんたったひとつの音だろう。
この世の全ての音を、この世に顕現させるために、雲龍は笛を吹いている。
第六番のテーマを「虚空の音」と定めたとき、それを映画の中でいかに顕現させるかは、
最も難しい課題であった。映画はまさに見える世界、聴こえる世界の存在だからだ。
雲龍にはあえて耳を聾すばかりの轟音渦巻く熊野・那智原生林の聖地、
二の滝の前での奉上をお願いした。この世に無限に存在する多種多様な音のひとつひとつを
消し去っていったとき、
最後に残るたったひとつの耳に聴こえる響(おと)。
雲龍の笛の音は、その響(おと)となって、虚空の音との間を
橋渡ししてくれるに違いない、と直感したからだ。
撮影は、二日間。一日は全の風景を覆い隠す霧の中で、
もう一日は降り注ぐ陽光の下で行った。」
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